pinotannのブログ

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子宮筋腫体験記(3)病院から受けた診断は、予想以上に過酷なものでした

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 1週間後、2度目の診察のため病院に行きました。

 待合室の受付カウンターには、看護師が何人もいて、患者に説明をしたり、精算書を渡したりしていました。

 待合室にはビニール張りのソファが並んでいて、20人くらいの女性が静かに順番を待っていました。20代のOL風の人から70過ぎの人までバラエティに富んでいました。病院の待合室だと思うからか、みな一様に顔色や洋服までくすんで見えました。

 貧血で困っているのに、わたしは自分のことを病人とは思っておらず、あいかわらずお出かけ気分であたりを見回していました。わたしは白いTシャツにシルバークレイのカーディガンを羽織って、パールとシルバーのロングネックレスをしていました。涼しげな色合いが夏らしく、気に入っていました。

 診察が終わったら、帰りにデパートによるつもりでした。

 

 1時間くらい待つと名前が呼ばれて、診察室に入りました。

「先生。こんにちわ。よろしくお願いします」

 そういって、診察室のかごににカバンを入れて、椅子に座りました。この医師のことを気に入っていたので、わたしはにこやかでした。

 左の壁にMRIのフィルムが貼ってありました。見やすいように後ろから白い光が照らしています。筋腫は黒く映るのです。わたしの下腹部はまっくろでした。素人目にも初期の段階は過ぎているように見えました。

 先生は「うーん。うーん」と苦しそうに考え込んで何もいいません。膝にカルテを置いたまま、ひどく言いにくそうに言葉を探していました。「?」わたしはじっと待っていることができずに話しかけました。

「いいですよ。先生。ちょっとくらい切ることになっても」

 ここは大きな病院だから、治療法もたくさんあって、ホルモン治療とかなにかで治ると思っていました。でも、先生の態度をみて、腹腔鏡手術で筋腫を切る可能性も出てきたかなという考えが頭をかすめたのです。

 腹腔鏡手術なら2㎝くらいの傷が下腹部にできるだけだから、「最悪それも仕方がないのかな」と、そこまでは予想していたのです。

 先生は苦しそうな態度を変えず、言葉を濁します。

「筋腫を切るというのではなく……」「!」

 わたしは、はじかれたように壁のMRIから目を離して振り向きました。

「子宮をとるということですか?」

 先生は、わたしの強い視線を受けてうつむきました。そのあと、つらそうに目を伏せて、「そうです」というように、ゆっくりと首を縦に振りました。

 症状がそこまで悪いとは思っていなかったのでわたしはひどいショックを受けました。心の中の言葉が口から出てきました。

「これはたいへんなこと」

 衝撃のあまり黙りこむわたしに向かって、先生は静かに話しかけました。

「あなたはこどもがいて、もう妊娠を望んでいないとおっしゃるのに、どうして子宮が必要なんですか」

 返事ができずに黙りこむわたしに、先生はなおも続けました。

「子宮癌にならなくてすむんですよ」

 「癌」といわれても実感がわきません。たしかに、子宮癌になった友だちからこの病院を紹介されたけれど、自分は筋腫でここにきているのです。癌のことを考えたことはありませんでした。先生のいったことは何一つ、わたしの心には届きませんでした。

「これが一番いいんです」

 先生は、どうか納得してくださいというように、押し殺した声で言います。どうして筋腫をとるだけですまないのですか。わたしは泣きそうになるのをかろうじてこらえて、質問しました。

「筋腫がたくさんあるから、とるのが大変ということですか」

「そうじゃなくて」

 このときもまた、絞り出すような苦しい声で先生はいいました。つらいでしょうけど、これを受け入れてもらえませんか。口には出さない先生の心情が伝わってきました。

「手間の問題ではない」という。「子宮をとるのが一番いい」という。うーん。よりそってくれるような先生の態度に、わたしは少しずつ落ち着きを取り戻しました。

 わたしは子宮をとられたくありませんでした。子宮は女性のシンボルと言われているではありませんか。それがなかったら女性ではなくなるのではないか。

 少なくともパートの友だちには好奇の目で見られるに違いないと思いました。仲よくしていても心のどこかで相手の不幸を願ってしまう、同性の友情のいやらしさを思い浮かべていたのです。

 同時に、この先生の親身な態度にも安らぎを感じました。考えがまとまらず黙りこむわたしを辛抱強く待ってくれています。ひとりの患者にたっぷりと時間をとってくれる。いい先生かもしれない。

 まだ2回しか会っていないのに、気持ちがぴったりを合うような感じがしていました。

 ショックから立ち直り始めたわたしは、あることに気付きました。「子宮と一緒に膣もとってしまうのだろうか」「膣を縫い付けられてしまうのでは」という疑問でした。

 結婚して20年以上たち、夫とはすっかり友だち夫婦になっていました。セックスをすることもほとんどなくなっています。でも、めったにしないとはいえ「しようと思ったらいつでもできる」と「一切することができない」とは全然違うと思いました。夫にどう思われるのか、とちらりと考えました。

「せんせい……。変なことを聞きますけど、子宮をとってしまって、セックスとかできるんですか」

 ずっと壁のMRI画像ばかり見ながらしゃべっていたから、先生の方を振り返らずに聞けました。すると、間髪をいれずというか、息せき切ってという勢いで先生は言いました。

「できます! まったく関係ないんだ!。……オーガズムもちゃんとあるというレポートもあります」

 振り向くと、先生は顔を赤くしていました。先生が恥ずかしがることないのに。なんでも一生懸命に教えてくれるなあと、嬉しくなりました。

 安どしたのもつかの間、次の瞬間にまた疑問が浮かびます。

「でも、先生、子宮をとったりしたら、生理の血はどうなるんですか? ダダ漏れですか」

 毎日ナプキンを当てる暮らしになるのか。それは困る。すると、先生は今度は「ばかですか」とでもいいたそうに、

「だから、子宮をとったら生理の血もないんですよ」

 あれほど悩まされた出血そのものがなくなる……? 貧血も治る? それはすごくよいことではないのでしょうか。

 子宮摘出を拒む理由が、なくなりました。

 これ以上、この先生に聞くことはないかもしれない。わたしはほっと息をつきました。ただ、そのまま納得することはできませんでした。次にやるべきことを懸命に考えていました。