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pinotannのブログ

消費の覚え書きと世間話です

リンガハットで運ばれてきたタンメンを前に、夫がレシートを見ながら「ちょっとちょうだい」といいました。妻があげるのはお金ですか? タンメンですか?

少しくわしく状況を説明しますと、それは平日の午後四時ごろのことでした。夫は糖尿病なので、二か月に一回くらいの頻度で、病院の検査を受けています。それがもう何年も続いています。もちろんふだんは夫が一人で土曜日などに行くのですが、今回はしばらく診察を受けることをさぼっていたので、担当の医師と顔を合わせるのも気まずいという気持ちがあったらしく、わたしがつきそっていました。

 

中年以降糖尿病になる人は珍しくないでしょうし、薬を飲んで健康に気を付けていれば怖い病気といえないかもしれません。でも、たまにすごく怖ろしいことが起こります。三年前に夫は、動脈に血栓が詰まって会社に行けなくなりました。おなかの痛みで歩けないのです。ほとんど寝たきりで、痛みが激しい時は、真夜中でもお風呂を沸かしてつかっていました。温めることで血管が伸びて、血液が流れやすくなったのでしょう。これは夫が自分で勝手に編み出した治療法でした。

病名がわかるのにひと月かかりました。50代のサラリーマンが「おなかが痛い」というと、たいていの医師はストレスと診断します。胃薬を処方して終わりです。血栓が詰まっていることなどわからないのです。夫は「絶対にストレスなどではない」「なにかが体の中で起きている」といって病院を調べました。御茶ノ水にある病院の消化器外科というところへ行ってCTを撮って、やっと痛みの原因がわかったのです。

それから血液をサラサラにする薬を処方されて、血栓が体から流れ去り、なんとか健康を取り戻しました。この病気は、原因がわからないまま死んでしまう人も多いそうです。夫の場合は、詰まっているとはいえ少しは血液が流れていたので、なんとか助かったということでした。そういうことが起こるので、糖尿病といえども馬鹿にすることはできません。

 

まあ、そんなこんなで消化器外科の医師に命を助けてもらったのですが、血栓の治療が終わったらその医師とはお別れです。もとの糖尿病の専門医にかからないといけません。ですが、血栓を見逃した医師と再び信頼関係を取り戻せず、このままこの医師にかかっていていいのかどうか、悩んでいるのですね。悩みながらずるずると治療を続けている状態なのです。

 

この日も特別変わったことはなく、血液検査の結果は良好でした。「この調子で続けましょう」などと、医師からはだれでもいえるようなことをいわれて、診察室を出てきました。

夫は検査のためにごはんを抜いていましたから、夕方四時に初めての食事でした。安くて野菜がたくさん食べられる店というと、この辺ではリンガハットしかありません。入り口で浮かない気分のまま注文して、オーダーした料理が運ばれてきました。夫はかた焼きそばとギョーザ、わたしは野菜たっぷりタンメンです。

 

夫は注文した時に支払ったレシートをずっと見つめています。夫はわりと神経質で、お金にうるさいタイプです。わたしは専業主婦なので、毎月の生活費を夫からもらってやりくりしています。そのせいか、どうしてもお金に対して卑屈な気持ちになりがちです。そういうお金に弱みを感じているわたしと一緒に出掛けた時に、ごはんを食べるときとか、出かけた時の電車代とか、夫は気まぐれにお金を請求します。夫からしてみれば、「渡してある生活費からだしてくれ」という意味合いなのでしょう。ただ、それほど潤沢にもらっているわけではないので、できれば出したくありません。だまってレシートを眺めている夫の横でわたしは、「機嫌が悪そうだからまたお金とかいうのかな」とか、「付き添ってあげているのに感謝とかしてもらえないんだな」、などと思いながら、浮かない気持ちでいました。

 

そこで「ちょっとちょうだい」といわれたのですね。前後の会話とかなくいきなりその一言だけ。わたしは「お金要求された」とかっとなって「どうしてあんたの付き添いをしてあげてお金まで取られるわけ? 嫌に決まっているやん。もうついて来ないわよ」と軽く切れました。

夫は黙ってかた焼きそばを食べ続けます。わたしも言うことは言ったしお金は取られなかったので、そのまま無言でタンメンを食べました。夫は朝から何も食べていなかったからか、注文した料理をすぐに食べてしまいました。わたしはどちらかというと小食なのでもうおなかがいっぱいになってしまい、夫に「食べる?」といいました。そうすると夫は「さっき怒ったやん」というのです。そうなのです。夫が「ちょっとちょうだい」といったのは野菜たっぷりタンメンを分けてもらいたい、という意味で言ったのですね。

夫は、「ふつう、食べ物屋でちょっとちょうだいっていうたら、食べ物のことやろ」と文句を言うのですが、わたしは、「レシートをガン見しながら言うたらお金と思うでしょ」と譲らず軽い口喧嘩になりました。後から考えると、お互いに加齢のためにいろんな感覚が衰えてきていて、耳が聞こえにくくなっているのです。わたしが「なんでお金あげなあかんの」が聞き取れなかったのです。

 

こんなくだらないことをだらだら書いたのは、ふだん使っている言葉がいかに不完全で誤解に満ちているかに気が付いたからです。その場の状況に依存するところが多いし、状況の受け取り方次第で、いろんな意味にとることができるのですね。細かいことまで正確に伝えようとしたら、どれだけ大変な作業になるのか。びっくりしました。

 

長年連れ添って、離婚するのも面倒になったような夫婦でも、誤解だったり、無理解だったり、たくさんあるのだろうなと思います。まあ、特に困ったことがなければ、自分に都合がよいように解釈して流していれば、生活は滞りなく送れるのですけどね。